マダム・シルクのこと

 用事で池袋に行き、20:00すぎに終了。このへんはひさしぶりなのでしばらくうろうろしていたら学生時代に(そのあとも)たいへんお世話になった飲み屋の近くに出たので、相変わらずやってるのかなーと入口の前までいってみる。営業してるのだけ確認したらそのまま帰るつもりだったのだけれど、この日は珍しく扉があけっぱなしになっていて、そこに「移転のお知らせ」という貼り紙がはってある。ビルの建て替えのため、入居のテナントがごっそりなくなるのらしい。びっくり。
 僕はひとりではこういうところに入る習慣がもともとないし、そもそも財布に千円しかはいってなかったので(とほほ)しばらく貼り紙のまえで悩んでいたのだけれど、意を決して入ってみることにした。店内にはあんまりお客さんはいない。自分の学生時代には文学青年くずれ、芸術青年もどき、演劇青年まがいの妙なのがいっぱいいたものなのだけれど。店の隅のふたりがけのテーブルに座ろうとすると、ママさんが「takanoさんひさしぶり、こっちいらっしゃいよ」とカウンターの方に招いてくれる。僕のことを覚えてくれていたのである。もう十年ちかくご無沙汰だったのに!
 カウンターにいたのはどこかのオーケストラでビオラだかを弾いているという人と、どこだかの出版社の人、それにユカちゃんと呼ばれているアルバイトの女性。ビオラの人と出版社の人は講談について熱心に語り合っているところだった。さっちゃん(ママさん)は僕のことを、「えーと、エンゲキの人。船で演劇をしてた人です」と紹介してくれる。そんなことまで覚えてくれていて、プロの飲み屋さんというのはつくづくすごいなあと思ったのだった。
 もち合わせがないことを伝えてビール1本とミックスナッツ一皿をもらい、しばらく話をしてからおいとまをする。ノートに住所を書いてきたので、新しい店がオープンするときには案内をもらえるのかもしれない。