辻和人「どうしたらより便利になる? オンライン書店の立場から」より

書店のABC 36
「どうしたらより便利になる? オンライン書店の立場から」辻和人

 『天国の本屋』という小説がある。天国にある本屋さんに雇われた青年が恋をするという内容でベストセラーになった。しかし、これが「本屋」でなく「オンライン書店」だったらどうだろう。パソコンの前で黙々と手を動かしているだけで、遠くから見たら(近くで見ても?)何の仕事をしているかわからない。物語にならないではないか!
 オンライン書店で働いているものにとっていろいろな意味で、実際に店舗がある「リアル書店」(という言い方も変だが)が羨ましい。リアル書店には、当たり前だが本の現物が置かれている。オンライン書店では、それぞれの書籍のデータに簡単な内容説明が書いてあるとはいえ、書籍の実物は倉庫に保管されているから、「気軽に中身をめくって好きなところを拾い読みする」ことが難しい。また、本というものがもつ独特の質感—幅や、手触り、匂いなど—「モノ」としての存在感の輝かしさをオンライン書店ではお客様に完全に知ってもらうことができない。加えてお客様とじかに触れ合うこともできない。
 しかし、オンライン書店にも様々な利点がある。出版不況といわれる中で売上は伸び続けている。特有の利便性がお客様のニーズにお応えしていることは間違いないのだ。


 何より、本のデータがインターネット上で自由に検索できて、すぐに購入できることは大きい。
 ここで、本というものの特徴を考えてみよう。本は似たような形態をしていても一冊一冊が全く違う内容を持っている。そして代替がきかない。アガンベンが売り切れだったから宮本常一にしよう、というわけにはいかない。この「多様性」が本の特徴といえる。
 目利きの書店員のチョイスは確かにすばらしい。だが、本の本質が「多様性」にある限り、各々の購入意図に従って欲しい本を探すというやり方は、読者にとっては最も自然なやり方ではないだろうか。
 どんな大書店でも、現在流通している全ての本を陳列することはできないが、オンライン書店では莫大な在庫から自分で自由に書籍を探し出すことができるだけでなく、在庫されていなかった本でも、データさえあれば簡単に取り寄せ注文ができる。それも閉店時間を気にすることなく、自分の都合の良い時にだ。近刊のデータがあれば予約可能。研究したいテーマについて、適切なキーワードで本を検索して一覧表を作ることもできる。ということは、オンライン書店は、専門書を買われるお客様には特に利便性が高い、ということだ。当店でも刊行日の古い、高額の専門書が毎日のように売れている。
 また、値の張る専門書は重たいものだが、オンライン書店なら自宅まで配送してくれる。ビーケーワンの場合、一五〇〇円以上の購入なら送料は無料になるし、配送のスピードに関しては自信がある。朝の十時半までに注文すれば、関東一円なら最短でその日の夕方に配達される。また、セミナー開催などの理由でおなじタイトルの本を十冊以上必要なお客様のためには、各所から本の在庫をかき集め、期日までにお届けする「まとめ注文」や「法人注文」のサービスもある。


 買い物の利便性のためだけでなく、楽しみのためのサービスも工夫している。お客様が読んだ本の書評を投稿できるシステムがその最も大きなもので、ビーケーワンはお客様の書評を大事にしている。書誌データに投稿した書評がただ表示されるだけでなく、「書評ポータル」というコーナーを設けて、お客様の書評をもとに様々な本の企画を行っているのだ。これはわたしが直接担当しているが、その週の「オススメ書評」を選んだり、テーマを定めてその切り口から書評を選んだり、書評投稿者を「書評の鉄人」「オススメ書評」とランクづけして励みを持たせたりということをしている。「皆さんの書評を全てじっくり読んでいますよ」というサイト運営者からのメッセージを受け取って、素人の読者でもプロ顔負けの書評を書いてきてくれる。読者書評を一つの「文化」として育てたい、と、これは本気で考えていることだ。


 インターネットの双方向性を生かした、お客様参加型の企画もよく行う。「ビーケーワンの100冊」は、ある題目に従ってお客様からオススメ本を募集するというもの。「父に読ませたい本」や「昔の自分に読ませたい本」といった題目のもとに、実にバラエティ豊かなオススメ本が集まる。本というものは、ヒトの想像力を掻き立てるすごい力があるんだなあとつくづく思い知らされる。
 昨年で五回目を迎えた「ビーケーワン怪談大賞」は、お客様から八百字の創作怪談を募集し、コンテストを行うというもの。応募された作品は全てブログにアップし、全作品が投稿と同時に読めるようにしたら、投稿者同士が切磋琢磨した結果量質ともに目覚しい進化を遂げ、『てのひら怪談』という単行本(ポプラ社)にまとめられるまでになった。


 日本でのオンライン書店の歴史はまだ十年足らずだし、様々な可能性が残されている。大事なことは本にとっての必要とは何かを考え続けることだ。どんな方がどんな動機で本をご購入されるのか、どうしたらより便利にご購入できるようになるのか。本と人との関わりを考え続けることは、リアルもオンラインも同じ、永遠のテーマではないだろうか。

オンライン書店ビーケーワン
http://www.bk1.jp/


「未来」2008年3月号no.498(未来社)より転載。