『きんようびはいつも』

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きんようびはいつも

きんようびはいつも

きんようびは、だいすきだ。


きんようびは、いつも、パパといっしょに うちをはやくでるんだ。


さむい日でも、

ゆきの日でも、

はれの日でも、

あめの日でも。


お店がどんどんあいてくる。


ビルもだんだんできてくる。


いっぱい、みるものがある。

「まださきだぞ」パパがいう。


みんなはいそいでいる。でも、ぼくらはいそがない。


やあ、と手をふってくるひとがいる。

やあ、とぼくらも手をふってこたえる。


いぬとなんびきあうか、かぞえる。

パパにもちあげてもらって、てがみをだす。


「ねえ、はやく」ぼくはいう。

「すぐそこだよ」


ついた――ここであさごはんをたべるんだ!


「あててあげましょうか」ウェイトレスのローザがいう。

「ホットケーキでしょ?」

そとをみると、

みんな、いそいでいる。


ぼくらは、ゆっくりたべながら、おしゃべりをする。

いろんなことを。


でも、そのうち、いくじかんだ。

「また、きんようびね!」


ああ つぎのきんようびが まちどおしいな。

 ウェイトレスのローザの、「あててあげましょうか。ホットケーキでしょ?」というところがなんとも素敵。
 これはカンでしかないのだけれど(そして多分あたっているのだけれど)、日本的な接客の常識からはこういうセリフは絶対出てこないだろうと思う。んで、そういうコミュニケーションが成立しないあいだは、(接客がいくら一見親切丁寧ではあっても)コミュニティの成熟の度合いという点において、日本は欧米にはまだ何歩も遅れていると言ってよいだろう。もちろん、「それで良いのだ。日本では店員は店員で客は客だ」という態度もあってよいし、というかそれが主流なんだろうけど、そうした姿勢を徹底するのであれば「地域で子どもを育てる」だの「安心できるまちづくり」だのといったお題目を唱えて成員の自助努力に頼るのをやめて、金を出してそれらを公的サービスなり民間の業者にアウトソースする方向で地域社会を設計するべきであろう。

ちょっとハナシがでかくなりすぎて説明不足にも程があるけど、大筋としては外れてないと思いますよ。