敬称略について

 うちのアルバイトで、「司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』の3巻、在庫ありますかあ?」という言い方をするのがいる。そのたびに「あのねー」と厳重に注意するのだけれどなかなか直らない。
 有名人にたいしては、直接何らかの関わりがないかぎり呼び捨てにするのが礼儀であって、「司馬さん」「池波さん」などとさん付けにしてしまってはかえって失礼だ。相手が作家でこちらが一読者の場合、たとえ存命中であってもすでに夏目漱石紫式部セルバンテスと同じ立場なわけで、どっちが上だ下だということではなく、えーとなんというか論理的な位置が違うのだ。仮に知り合いであったとしても、友人としての誰それと著者としての誰それというのは、文脈によってきちんと区別しなけりゃいけません。
 ていうのが常識だと思ってたんだけど、よそのブログなどを見てると「宮台真司さん」とか「内田樹さん」とか書いてあるのがときどきある。たいてい好意的な言及の場合が多いので、結果的に「無礼者にほめられてる」という印象になってしまって、そういうのは読んでいてこっちが困る。
 ちなみに大学の先生などやっておられる方には、「直接教えた学生以外には先生と呼ばれたくない」という人もよくいる。学生時代に丸山真男に関する自主ゼミをやっていた友人が、つてを頼って1回だけ本人に話を聞く機会を得たことがあって、そのときに「丸山先生は…」と言いかけるとそのように注意された、と聞いたことがあった。こちらにしてみれば先生としか呼びようがないけど、先生の方からみればまあ赤の他人なわけで、むつかしいところである。そういう意味では僕は蓮實重彦の講義をとっていたことがあったので、「蓮實先生」と呼んでいいのであった。