部室にて

  時  ある初夏の午後
  所  大学の部室
  登場人物 ♂ 6人  ♀ 3人

♂1 …ねえ、池袋でさあ、写真屋さんで安いとこない?
♂2 オオタさんて、9畳に一人で住んでんの?
♀1 いや、友達と2人で借りてんのよ。
♂1 ……。
♂2 あ、じゃあ一人2万。
♀1 そう、そう。


  間。風が吹く。


♂1 ねえオオイワさん、この辺でカメラ屋さんの安いとこ知らない?
♀1 あるよいろいろ。月光堂とか…。
♂1 ゲッコー?
♀1 ビックカメラとか…。
♂1 (ひとりごちる)


  ♂3、♀1の書いている原稿をとって読もうとする。


♀1 あーんだめよお、恥ずかしいからあ。
♂4 人に見られて恥ずかしいものをなんで書くんですか。
♀1 いや、そういうんじゃなくって……(一人でぶつぶつ言う)やっぱ太宰を書くとねえ……。
♂3 作者のせいにするわけね。
♀1 ……そうじゃなくってさあ……やっぱ太宰だと、自分が出ちゃうから……。


  短い間。風。


♂1 あの、それじゃ、ちょっと出かけてきますんで……。
♂4 4時からですよ、ミーティング。(時計を見て)あと5分。
♂2 ダッシュ
♂1 えー、ビックカメラまでえ?


  ♂1、不服そうな顔をつくりながら足をならし始める。


♂1 それじゃ……(去る)
♂5 (手許の文集らしきものを見ながら、突然)これに俺の書いたの載ってんの?
♀2 あー載ってないってえ。
♂5 え?ケンエツされたの?
♂4 いや、あの、そういうわけじゃなくて、その、あくまで事務上のミスということで、その……。


  いつのまにか姿を消していた♂2が帰ってくる。


♀1 ねえ、レポートって、時間過ぎても教務課で受けとってくれるよねえ。
♂2 うん、それに先生のところに直接持っていってもいいし…。
♂3 そうだよ直接…。


  ♂1、帰ってくる。


♂2 あー来た。
♀1 ハヤシくーん、レポート書いてえ……。
♂1 何を書いてって?……ビックカメラって高いのねえ。
♂3 (♂4に)高かったって。
♂4 (にやりと笑って)うん。
♂2 おーい、イリエ来ないでも始めようぜえ……。


  風、しばしやむ。


♂1 あ、タカノくん戯曲書いてんの?
♂4 え、ええ、まあ……。


  ♀2、ビラを配る。


♀2 ちょっと、読んでてください……。
♂2 あ、カミヤさん、うまい字だね。


  ♀2、無言で微笑む。再び風。


♀1 (突然立ちあがる)できた、できた、時間ない時間ない。
♂2 (つられて腰をうかせる)出してこい出してこい早く早く。
♀1 ホチキス貸してホチキス。
♂1 ここにあるここここ。
♀1 (♂1のホチキスを取って)あーん、ヒョーシヒョーシ、あった、えと、あ、時間ない、出してくる出してくる(去る)


  突然、静かになる。
  風はまだ吹いている。


  了

 こないだの片付けのときに出てきたレポート用紙に殴り書かれた戯曲もどき。当時、まわりの会話をそのまま書きとってこういうふうにもっともらしく仕立てるのにちょっと凝っていたのである。30年近くたって読み直すと、あの時の初夏の空気がおどろくほど鮮明によみがえってくる。