東欧見聞録>恐怖のるーまにあ : 04 (text by 大山あゆみ)

(JOHNR)「ジョン万次郎星間漂流記」610 of 786 89/09/24 08:31:23 101 line(s)
from 0681 大山あゆみ
題名(Title): 東欧見聞録>恐怖のるーまにあ : 04
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見事に食べ物のない村からの脱出に成功した大山はお隣ワラキア地方の首都ヤシに辿り着きました、真夜中に。 で、この街のホテルが馬鹿高いことを発見致します。 で、同時に駅にて始発を待つ人が沢山眠っていることも発見致します。 で、大山も郷に従うことに致しました。 ただ、ワラキア・モルダビア共にルーマニア北東部の山がちな地域でかなり寒く、なかなか寝つけるものではないです。 持てるかぎりの洋服を着込んで(貧相に見えたんだと思う)、立ち尽くしていると、
「ここで何をしている! ヴェトナムか、モンゴルか!?」
といった意味のルーマニア語で怒鳴られ、いきなり腕を掴まれてひきずり倒されたのです。 駅の職員か警察かわからない、とにかく制服の男の人です。 ななななんだなんなのだなにがおこったのだという間に駅中の人々が大山の周囲に集まって見物を始めます。 いろいろと質問をしてくるものの、ルーマニア語なのでさっぱりわかりません(少しは理解できる言葉もあったけど、答えられる状態ではない)。 そこで大山はわからないという意味のルーマニア語を繰り返します。 相手は国籍を尋ねているらしいのだけど、朝鮮人か中国人かとは訊いても日本人かとは絶対に訊かないのでした。 そのうちに
大山はロシア人に違いないと何故か判断されました。 そしてロシア語を話すという普通の身なりの女の人がやってきて、警察手帳を出します。 さっきまで駅の階段の下に座り込んでいた彼女です。 つまり所謂秘密警察だったのでありました。 そしてまた謎の言語の質問が続きます。
深夜に駅で黄色人種が立っていることに何か問題があるとは思えない、これは不当な暴力ではないのと、突然怒り出した大山はパスポートも見せずに街へ向かって逃げることにしました。 人々はあっけにとられて追い掛けて来なかったもようです。 が、暫くすると後ろから長銃を抱えた兵隊の団体がやってきます。 もうおしまいだあのてっぽうでころされちゃうんだわわあんと観念すると、兵隊は大山を取り囲み「中国人だ中国人だかわいいかわいいお菓子をあげよう煙草は吸うか」と、謎の熱烈歓迎。 大山は彼らに保護されて無事に朝まで過ごしたのでした。


と、秘密警察と何故か親切な人は何処にでもいるのでした。 前述の機械工学専攻の大学生の周囲への気の配りよう、トランシルヴァニアの彼女の住所、単なる旅行者に過ぎない大山の目にもつくほど何処にでもいるのでした。 秘密警察が取り締まっていることは、外国人とルーマニア人との過剰な接触(口をきくぐらいは多めに見る)闇両替、大統領チャオシェスクに対する批判、等々。
現状をよく理解していなかった大山は昼間のカフェのような気軽かつ人目の多い場で「チャオシェスクに反抗する人はいないの?」的なとんでもない質問を発し、相手を真蒼にしてしまうことが何度かありました。 この場合外国人の大山には何の刑罰もないはずだけど、ルーマニア人方はどうなることやらです、申し訳ない。


話変わって、ルーマニア人はおやつに向日葵の種をよく食べます。 街角では農家の主婦らしき女の人などがこれを瓶の蓋に一杯で幾らで売っているのを見ることができます。 この向日葵おばさんは陽気な人が多く、せがまれて煙草を一本あげただけでいえーうひゃっほーと大騒ぎしたりでおかしいです。
ある日のこと、大山は先刻まで電車で一緒だった向日葵おばさんとアイスクリームを食べていました。 おばさんがこうしてさぼっていても、種はがんがんに売れていきます。 つと上等な身なりの方が寄ってきました。 彼はおばさんの種袋をむんずと掴んで取り上げます。 さすが金持ちは買い物も豪勢だなあと見上げると、彼はお金も払わず、その袋を 川 に 捨 て て しまったのでした。 何をするざますっと駆け寄る大山を思いきり殴りとばして、彼はルーマニア語でおばさんに何か怒鳴って去っていきました。
彼は警察だったのです。 社会主義国ルーマニアで私的な商売が許されているはずもありません。 「お金がないわよおどうやって暮らしていけばいいのよお」と一人泣きわめき、一連の事件を目撃してきた他のおばさんが集まってきて頻りに慰めます。 やがて向日葵おばさんは泣きながら何処かに行ってしまいました。 残るおばさんたちは大山に事情を説明します。 ルーマニア語を大山が理解できないのは本当に悔しかったのだけれども、そういうことだったのです。 おばさんたちは「この状態がわかるかわかるか」と訴えます。 何かをしてくれと言っているのではありません。 ただただ訴えるのでした。 しかし、外国人大山にできることは、何もないのです。


訴える人が沢山いたので、ルーマニアの配給事情についてお伝え致します。 一人頭一箇月間に卵十個、肉1kg、チーズ1kg……てな具合です。 これ以上必要な場合は(普通はこれ以上必要でしょうね)お金を出して買うことになるようです。 しかしそのお金は何処からくるのでしょうか。


この後に大山はお掃除おばさんたちとお喋りをしますが、「ルーマニア人と結婚してここに住みたいと思うか」という意味の質問をされ、ぐっと詰まってしまいました。 答えは「絶対やだっ」ではあるのですが、そうならない限りこの国に対してあれこれ言うのも無意味なのですよね。 ハンガリーの学生達がやっていた、情報を持ち込む食料を持ち込むが精一杯のところに思えるのでした。


嫌な話を連発します。 とある街の駅で大山は夜行電車が着くのを待っていました。 そんな訳で夜更けであります。 人垣がざわざわしながらこちらへ移動してきたので覗いてみると、制服の警官が貧しそうな子供を二人ひきずってきます。 彼らが何をしたか定かではありませんが、警官はぼろ布のごとき彼らの衣服をびりびりに破いて公衆の面前に晒したかと思うと、嫌というほど蹴り上げて警官控室にぶちこんだのでありました。 またたく間のできごとです。
物乞の子供か、泥棒でもしたか、ルーマニアには飢えた子供が大勢います。 一般の人の彼らに対する目はそう優しいものではありません。 このときに周囲にいた人々はただ黙って見守るだけ、いや、眉を■めていました。 小さな子供が目の前であんな目にあわされて喜ぶ人はいません。 ただ眉を■めるしかないのでした。


それから大山はビザを延長するため警察署へ行く機会がありました。 警察も兵隊も同じ建物です。 ここで制服の方の警官とお話しましたが、当然のことながら全ての警官が意地悪で嫌な奴という訳ではありません。 彼らは珍しい東洋からの女の子にとても親切でありました。
さて、ルーマニアのビザを延長するのに必要なのは、一日十ドルあたりの両替証明書のみですが、この地方警察ではそれが通りませんでした。 一番偉いと思われる私服髭親父は指輪と偽マルボロを見せびらかしながら不当な料金を要求し、その支払いを拒む大山をさんざん罵倒するのです。 大喧嘩になって、彼は日本大使館に電話してやるとわめきましたが、やってもらおじゃないのと開き直る大山に恐れをなし(彼はいんちきをしている訳ですので)、代わりに大山の宿泊していたホテルに電話をしてこの日本人を追い出すように指示したのでした。 とても警察のやることではありません。 ただ、この髭親父以外の人は本当にとても優しかったのよ。
ホテルでは受付のお姉さんが何をやったんだとかんかんに怒っていました。 大山が苛められたんよおとわんわん泣いて事情を説明すると、彼女はいたく同情してくれて警察に電話すると彼をさんざん怒鳴りつけてやっつけてくれました。 ルーマニアの人々は気性は荒いけれど同時になかなか浪花節でもあるのです。


嫌な話が多くてすみませんでした。 まあどんな嫌な話でも「へえーこっわーい」でおしまいにできるでしょ。 不思議なことです。