ハリー・トルーマンの話(宮本倫好『大統領たちのアメリカ』より)

……そこにはエリノア夫人、スティーブのほかに、大統領の娘婿夫婦がいた。トルーマンは大統領の身の上に何かが起こったことを直感した。エリノア夫人はトルーマンの肩にそっと手を置き、「ハリー、大統領が亡くなりました」と告げた。呆然として「自分に何か手伝えることがありますか」と聞くと、夫人が「いいえ、私たちこそあなたに何か手伝いができないかしら。今、人の助けがいるのはあなたです」と冷静に答えた話は有名だ。

 娘のマーガレットがトルーマンの死後しばらくたってからまとめた回想録によると、トルーマンは最初、自分の身に起こった大変な責任について恐れおののいていた。しかし、できるだけ気楽に取り組もうと、妻にこう言った。「自分はいい大統領になれると思う。というのも、リンカーンと共通点がいろいろあるからだ。第一に、二人とも狩りや魚釣りが嫌いだ。第二に、ユーモアのセンスがある。第三に、揃ってビジネスで破産の経験があることだ」。
 しかしトルーマンは、アメリカの大統領という職務に伴う「最終責任の取り方」に対して、明確な自覚を当初から持っていた。いつのころからか知らないが、彼の机の上には、"The Buck stops here."という自戒の言葉が飾られていた。buckとはポーカーで、ディーラーがゲームの種類を指定する権利を忘れさせないための印で、ポットの中に置く。このbuckをパスすると言えば、人に責任を転嫁するという意味になる。だからトルーマンの言わんとするところは、自分はもうこのbuckを誰にもパスできない、すなわち、「仕事の最終責任はすべて自分にある」ということだった。これは人類の運命にまでかかわるアメリカ大統領としての責任の重さを表す言葉として、その後広く認識されるようになる。ちなみに、この言葉は前述のマーガレットの回想録の題名に、そのまま使われている。

……トルーマンホワイトハウスウッドロー・ウィルソン元大統領の肖像画の下で、大統領就任の宣誓をした時、非常に怖かったという。「しかし、怖かろうが準備ができていなかろうが、その瞬間から絶えず心に誓い続けた。一生懸命やり、良い大統領になろう、と」。



宮本倫好『大統領たちのアメリカ―指導者たちの現代史 (丸善ライブラリー)』より