ホオノキさんのこと。

「小学校の高学年、5・6年のときにね」
「うん」
「いっこ下に、ちょっと仲良くなった女の子がいたのね」
「へえ」
「小学校って中学や高校みたいに部活とかがないから、違う学年で仲良くなるのってあんまりないじゃん」
「まあね」
「だからたぶん、児童会とか委員会活動とかで、そういう機会があったのかなと思うんだけど」
「児童会なんかやってたの」
「児童会はやってなかったかな……保健委員をやったような気がする」
「ふーん」
「ただ仲良くなったって言っても別にたいしたことがあったわけじゃなくて、顔と名前が一致したとか、ひとことふたこと言葉を交わしたとか、その程度の話なんだけどね」
「はい」
「でもまあ同じクラスの女子とさえ、しゃべるのにちょっと意識するような年ごろなわけだからさ、学年を越えてそういうつきあいがあるのって結構珍しかったわけですよ」
「なるほどね」
「……いま思い出すと、その子ほかの子とはちがって、ちょっと独特の雰囲気があったなあと思って」
「独特って?」
「大人っぽいっていうか。その子から話しかけられても自然な印象があったのもそういう雰囲気のせいのような気がする」
「へえ」
「……でね、その子、名前がホオノキさんていったんだよね」
「ホオノキさん」
「字はたぶん『朴木』って書いたんだと思う。当時は僕はなんの知識もなかったから『見慣れない字だなあ』と思っただけだったんだけど、もしかすると、在日コリアンの2世か3世だったのかなーと思って」
「ああ、はいはい」
「違うかもしれないけどさ。でももしそうだとしたら、独特な雰囲気だったのも、納得できるような気がするんだわ」
「わかんないけどね」
「わかんないけど。でもまあ他の女の子たちとはちょっと違う印象があったのは確かなんです」
「可愛かった?その子」
「……可愛かった」
「じゃあ好きだったんじゃないの?」
「好き……までは行かなかったと思うけど……仲良くなれてちょっと嬉しかったっていうのは、あったかなあ」
「(笑)……で、そのあとどうなったの?」
「……どうもなんなかった。僕が卒業して中学校にあがったら、それっきりになっちゃった」
「その子は同じ中学に行かなかったの?」
「うん……うちの学区は小学校も中学校もほぼおんなじで、学校自体も向かい合って建ってたから、普通だったら1年後にまた同じ学校で会えたはずなんだけど、見た覚えがないんだよね」
「別の中学に進学したとか?」
「かもしれない。だから、とにかく彼女の思い出は小学校の時だけ」
「うん」
「たまーに思い出すんだよね、あの子のこと。『朴』って字を見たときとか」
「もう1回会いたい?」
「……できればね。もう1回会って、ちゃんとお話ししてみたいよ」
「そうだね」
「……無理だろうけどね、もう」
「……そうだねえ」